養老孟司 著 · 2003
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ここでいう「バカ」は、頭の良し悪しを指す言葉ではありません。人は、自分が知りたくないことや関係ないと思うことについて、自ら情報を遮断しています。その壁が「バカの壁」で、誰の頭の中にもあるとされます。だから、話せば必ずわかり合えるというのは思い込みにすぎず、話しても通じない相手がいるのは当然なのです。
実践のヒント 最近「話が通じない」と感じた相手を思い出し、自分の側にも壁がなかったか考えてみましょう。
本書の冒頭で紹介されるのが、学生に妊娠から出産までを追ったドキュメンタリーを見せたエピソードです。女子学生は新しい発見があったと答えたのに対し、男子学生はすでに知っている内容だと答えました。自分に関係がないと思う情報は、目の前にあっても頭に入らないのです。著者はここから、知識として知っていることと、実感を伴ってわかっていることは別物だと指摘します。
実践のヒント 「知っている」と思っているテーマを一つ選び、人に説明できるか試してみましょう。
著者は、脳への入力と出力の関係を y = ax という式で表しました。x は五感から入ってくる情報、y はそれに対する反応です。係数 a は、その情報がその人にとって持つ現実の重みで、同じ情報でも a の値は人によって違います。a がゼロなら、どんな情報が入っても反応は起きません。これがバカの壁が働いている状態です。逆に a が無限大になると、ある考えが絶対的な現実となり、原理主義に陥ります。
実践のヒント 自分が過剰に反応してしまう話題を一つ挙げ、その a が大きすぎないか考えましょう。
世間では、情報は日々新しくなり、人間は変わらないと考えられがちです。養老孟司の見方はその逆で、情報は変わらず、人間のほうが変わり続けます。そう考えると、知るとは情報をため込むことではなく、自分が変わることです。著者は『論語』の一節を引き、知ることを、それまでの自分が一度死んで生まれ変わるような体験として説明します。
実践のヒント この 1 年で考えが変わったことを一つ書き出し、何がきっかけだったかを振り返りましょう。
「個性を伸ばせ」という教育に、養老孟司は疑問を投げかけます。人の意識は本来、言葉のように誰もが共有できる理解、つまり共通了解を求めるものです。そうであれば、心の個性を伸ばそうとするのは矛盾しています。著者は、本当の個性は、卓越した運動能力のように生まれ持った身体にこそ表れると考えます。なお、数学の証明のように論理で同意させる理解は強制了解と呼ばれ、共通了解とは区別されています。
実践のヒント 自分の個性だと思っているものを一つ挙げ、それが心と身体のどちらに根ざしているか考えましょう。
学びが成り立つには、情報を入れるだけでなく、身体を動かして出力することが欠かせません。入力と出力を繰り返してこそ学習になるという考えで、著者は文武両道の意味をそこに見いだします。また、現代人は意識や理屈ばかりを重んじ、無意識、身体、共同体の三つを忘れがちだと警告します。頭の中だけで完結した知識は、実感を伴う理解にはなりにくいということです。
実践のヒント 最近学んだことを一つ選び、実際に手や身体を動かして試してみましょう。
著者が特に危ういと見るのが、一つの考え方だけを絶対に正しいとし、ほかの見方を認めない一元論です。一元論に閉じこもるほど、自分と異なる考えは入ってこなくなり、バカの壁はますます強くなります。y = ax でいえば、ある考えの a が無限大に近づいた状態です。わかり合えない相手がいると認めたうえで、自分の見方も一つにすぎないと意識しておくことが、壁に気づく第一歩になるでしょう。
実践のヒント 強く信じている意見を一つ選び、反対の立場から見た理由を三つ挙げましょう。
よくある思い込みと、それに対する養老孟司の見方を並べました。どれも、人が自ら情報を遮断してしまうバカの壁を、別の角度から説明したものです。
| テーマ | 陥りがちな考え | 本書の見方 |
|---|---|---|
| 話し合い | 話せば必ずわかり合える。 | 知りたくないことは自ら遮断されるので、話しても通じない相手はいる。 |
| 知識 | 知っていれば、わかっている。 | 知識として知っていることと、実感を伴ってわかっていることは別物。 |
| 雑学と常識 | 断片的な知識が増えれば、わかったことになる。 | 雑学は知識の寄せ集めにすぎず、誰もがわかっているはずの常識とは違う。 |
| 情報と人間 | 情報は日々変わり、人間は変わらない。 | 情報は変わらず、人間が変わり続ける。 |
| 知ること | 知るとは、情報を増やすこと。 | 知るとは、自分が変わること。 |
| 個性 | 心の個性を伸ばすべき。 | 意識は共通了解を求めるもの。個性は身体に表れる。 |
| 学び | 頭に入れれば学んだことになる。 | 入力と、身体を動かす出力を繰り返して初めて学習になる。 |
| 正しさ | 自分の信じる考えだけが正しい。 | 一元論に閉じこもるほど、バカの壁は強くなる。 |
y = ax のたとえ: x は五感から入る情報、y は反応、a は現実の重みです。a がゼロならバカの壁が働いて反応が起きず、無限大なら原理主義に陥ります。
読み返すより、思い出すほうが記憶に残ります。答えを見る前に考えてみましょう。
「バカの壁」とは、何を指しますか?
自分が知りたくないことについて、自ら情報を遮断してしまう壁。
誰の頭の中にもある壁だとされます。
本書が区別する「知っている」と「わかっている」の違いは何ですか?
知識として知っていることと、実感を伴って理解していることは別物。
y = ax の係数 a は、何を表していますか?
その情報がその人にとって持つ「現実の重み」。
同じ情報でも、a の値は人によって違います。
本書によれば、「知る」とはどういうことですか?
自分が変わること。
それまでの自分が一度死んで、生まれ変わるようなことだと説明されます。
人とわかり合えないもどかしさを、脳と身体の側から考え直すきっかけになる一冊です。体系立った論証の本ではなく、著者の語りをまとめた本として気軽に読むのが向いています。